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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5276号 判決

原告 三浦幾子

被告 高木治吉郎

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して東京都豊島区雑司ケ谷町七丁目一、〇四五番地一所在家屋番号同町甲一、〇四五番一、木造セメント瓦葺平家居宅一棟建坪八坪五合を明け渡し、かつ昭和二十七年二月十二日から建物明渡ずみまで一月金一、〇〇〇円の割合による損害金の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として「原告は請求の趣旨に記載した本件建物の所有者であるが、被告は何等の権限なく右建物を占拠しているので、被告は原告に対して右建物を明け渡し、かつ被告が不法占拠を始めた昭和二十七年二月十二日より明渡ずみまで原告が使用収益を妨げられることによつてこうむつた損害として賃料相当の一月金一、〇〇〇円の支払をなすべき義務があるから、本訴に及んだ。」と述べ、「被告主張の抗弁事実を否認する。原告は訴外山口繁雄に対して本件建物売却の代理権を与えたことはなく、単に建物の買受人が来た時には原告宅に同行することを依頼したにすぎぎない。又被告が右山口と本件建物売買の交渉をした際、建物及び土地の所有者が原告であることを知りながら、現場より大して遠くない原告宅を訪問することもなく漫然本件売買契約をするなど到底善意無過失ということはできない。」と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として「原告主張の請求原因事実を否認する。原告は本件建物敷地を含む東京都豊島区雑司ケ谷七丁目一、〇四五番地一の自己所有宅地上にいわゆる建売の目的で建物を建築しようとし、訴外山口繁雄に対して建築を請け負わせ、昭和二十六年十二月末頃までに本件建物を含む三棟の家屋の建築を完成した。そして右訴外人は原告との右請負契約当初の約束に従い、建築着工後間もなく毎日新聞広告欄に売買交渉を山口宛にする趣旨の建物売却の広告をし、又本件建物敷地付近に建築工事現場の山口の許で売買交渉をする旨の家屋売却の掲示板を設けて建物の買受人をつのつた。昭和二十六年十二月被告の妻高木房江は、国電乗車中前記掲示板を望見して現場に至り、原告の代理人である前記山口と交渉した結果、昭和二十六年十二月八日本件建物を金二五〇、〇〇〇円で買い受ける旨の契約を締結し、同日内金一五〇、〇〇〇円を同人に支払い、同月十八日残金一〇〇、〇〇〇円の支払を完了したので、被告は本件建物の所有権を取得したから、原告の本訴請求は理由がない。仮に被告の右主張が理由ないとしても原告は被告に対し、前記のように新聞広告及び掲示板により本件建物売却に関する一切の権限を山口に授与した旨を表示し、山口は表示された代理権の範囲内において被告と本件建物の売買契約を締結し、その代金の授受を完了したのであり、被告が右代理権の存在及び範囲につき何等の疑念をさしはさむ余地なく、善意無過失で、右山口を原告の代理人として信用したのであるから、民法第一〇九条により原告は山口の代理行為に付その責に任じなければならない。又山口が単に本件建物の買受人募集に関する代理権だけを有していたに過ぎないとしても、通常人は右のような場合山口に本件建物売却に関する一切の権限を有すると信ずるのは当然であるから、被告は山口が本件建物売却に関する一切の権限を有するものと信ずるに付正当な理由があるということができ、民法第一一〇条により原告は山口の代理行為につきその責に任じなければならない。」と述べた。

〈立証省略〉

理由

一、証人山口繁雄の証言(第一、二回)及び原被告各本人尋問の結果並びに成立に争のない甲第一号証、乙第五号証及び前記山口証人の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし八乙第一号証の一、二、同第三、四号証を綜合すれば、原告は昭和二十六年八月上旬、同人所有の東京都豊島区雑司ケ谷一丁目一、〇四五番地一の宅地約一〇〇坪の地上に、建売の目的で家屋を建築するため、山口繁雄と家屋建築請負契約を締結し、山口は右契約に基き、同年十二月末本件家屋を含む三棟の建築を完成したこと、たまたま被告の妻は東京都内に住居を求めて金沢市より上京していたが、同年十一月下旬国電に乗車中車中から本件家屋建築中の現場附近に本件家屋売却の看板(乙第二号証の一、二の記載と同一内容の記載のあるもの。)を望見して右現場におもむき、現場にいた前記山口と交渉したところ、同人は本件家屋の建築許可証、土地使用承諾書をみせて、本件家屋は原告の所有であるが、売却については原告より一任されていると述べ、又被告の妻が現場附近に永く住んで同所附近の居住者をよく知つているという遠藤某に山口の人物につき尋ねたところ、山口は誠実な人だというので、在京の息子夫妻と相談の上山口との間で本件家屋売買の話をすすめ、昭和二十六年十二月八日被告名義で本件家屋を代金二五〇、〇〇〇円で買うこととし、同日内金一五〇、〇〇〇円を山口に支払い、同月十八日残金一〇〇、〇〇〇円を支払い、その後被告は家族と共に本件家屋に移転してきたことが認められる。証人高仲孝七、同三浦立己の各証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前出の他の証言部分及び証拠に照し採用できない。

二、ところで、山口証人は本件工事を請負つた時、原告から家屋の売却についても委任された旨供述するけれども(第二回)、右供述は同人の本件売買に際し、被告に交付した建築申請事項変更届(乙第六号証)、土地使用承諾書(乙第七号証)は、同人が本件工事を始める際、原告より建築に必要だからといつて預つていた印を原告に相談せずに使用して押捺した旨の供述(第一、二回)及び原告本人の供述と対照するとたやすくは信用できないが、前記一に掲げた各証拠及び同各証拠によれば前記現場附近の本件家屋売却の看板は原告もしばしば見ていたことが推察されることを綜合すれば、原告は昭和二十六年九月頃山口と本件建物など三棟の売却に関する新聞広告を掲載するため相談をなした結果山口は原告の了解の下に同年九月十三日毎日新聞社に依頼して同月十五日の朝刊に新築売家、委細は現場の山口あてという記載内容の広告の掲載を得、更に山口は現場附近の人目につくところで国電の電車中からも見得られる三ケ所を選んで畳半分位の大きさで右広告と同様内容の看板をたてたこと、そして原告は山口の右行為を知りながらこれを黙認しており、しかも本件家屋売却前、山口が原告宅に行き、買受人が来たので建築許可証を貸してほしいと述べた際、原告は代金二十八万円で話をつけて貰いたい旨告げたことがうかがわれ、前記乙第一号証ノ一及び同第二号証の一、二の文面を見れば、一般に本件家屋の売買契約は建築現場の山口の許で契約し得るものと認識し得ないことはなく、即ち右認定の各事実によれば、原告は山口に対して本件建物売買の代理権を与えた旨の表示を一般第三者に対してなしたといつて差支えない。

そして前記一に認定したように、被告及びその家族等は本件売買が成立し、本件家屋に移転してくるまで山口を原告の代理人と信じていたのであり、被告本人尋問の結果によれば、被告の妻が山口と売買の交渉をした際、本件家屋及び敷地の所有者が原告であることを知つたけれども契約の成立前に原告宅を訪ねて問い合わせるなどしなかつたことは認められるが、そのことのみを以て直ちに被告に過失があるということはできないし、前記一、に認定した事実にかんがみると被告に他に格別過失と目し得る事跡はなかつたということができる。

三、以上のような次第であるから、被告と山口との間でなした本件建物の売買契約の効力は民法第一〇九条により原告に及び、被告は本件建物の所有権を取得したものというべきであるから、原告が本件家屋の所有者であることを前提とする本件請求は理由がない。よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 畔上英治 園田治 高橋正憲)

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